王貞治氏が日本人ではない理由のまとめ

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コラム

王貞治(おう・さだはる)氏は「日本で生まれ育った」人物ですが、法的には「日本国籍を持たない」ため、厳密には「日本人(国籍上)」でありません。よって選挙権も被選挙権もありません。

王貞治氏の生まれ

日本・東京都墨田区(現在の墨田区横川あたり)
墨田区立隅田小学校 → 墨田中学校を経て 早稲田実業学校高等部に進学。 → 高校野球で活躍し、甲子園にも出場。
日本の国籍法では「父親の国籍を引き継ぐ(当時の法律)」 ため、 彼は生まれた時から 中華民国籍 です。

王貞治氏の父親

王仕福(おう・しふく)氏
福建省泉州出身の中国人(中華民国籍)
東京で中華料理店「五十番」を経営していました。

※中華民国は現中華人民共和国の前の中国で現在は台湾を統治しています。

王貞治氏が国籍を変えなかった理由

王氏は生涯を通じて日本で活動していますが、
父のルーツを大切にしており、
「父の国籍をそのままにしておきたい」という考えから、
日本への帰化(国籍変更)をしていません。

日本国籍法と王氏の時代背景(父系主義の時代)

1. 王貞治氏が生まれた時代(1940年)

王貞治氏は 1940年(昭和15年)東京都墨田区生まれ
当時の日本の国籍法は 「父系主義(ちけいしゅぎ)」 でした。


2. 「父系主義」とは?

父の国籍が日本であれば子どもも日本人。
父が外国人なら、母が日本人でも子どもは外国籍。

つまり、
母親が日本人でも「父親が外国人」だと、
子どもは自動的に父親の国籍を継ぐしかなかったのです。


王貞治氏のケース

家族 国籍 補足
父:王仕福(おう しふく) 中華民国籍 福建省出身、中国人
母:日本人 日本国籍 東京出身
王貞治氏 中華民国籍 日本生まれ・日本育ちだが父の国籍を継承

➡ そのため、生まれも育ちも完全に日本なのに、
 **日本国籍ではなく「中華民国籍」**となりました。


3. 国籍法の変化(父系主義 → 両系主義)

  • 日本の国籍法は、戦後しばらく父系主義が続きました。

  • **改正されたのは1985年(昭和60年)**です。
     この改正で初めて「父または母が日本人なら子も日本人」という
     **両系主義(りょうけいしゅぎ)**になりました。

📅 つまり、王貞治氏が45歳になるまで、
「母が日本人でも日本国籍は取得できない」時代だったのです。

文化的・社会的な観点

日本語を話し、日本の野球界で活躍し、日本社会に深く根付いている。つまり「心は日本人」と見なす人が多いです、しかし法的には「日本国籍を持たない」ため、厳密には王貞治氏は「日本人(国籍上)」でありません。

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